大判例

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仙台高等裁判所 平成元年(ネ)30号 判決

控訴人

有限会社金松堂

右代表者代表取締役

伊勢龍夫

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

佐藤興治郎

被控訴人

後藤洋志

外一名

右両名訴訟代理人弁護士

川原悟

川原眞也

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人らは、「原判決主文第一、二項を取り消す。控訴人らと被控訴人らとの間の仙台地方裁判所昭和五九年(ヨ)第二七五号不動産仮処分申請事件について同裁判所が昭和五九年五月二九日にした仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)を認可する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者の主張は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決事実摘示第二、一のとおりである。

1  原判決の訂正

原判決の三枚目表八行目から同九行目にかけての「の持分各三分の一を共有し」を「を共有し(持分は、控訴人伊勢久治が一〇分の五、同伊勢龍夫が一〇分の三、同伊勢しづ子が一〇分の二)」と改め、同一〇行目「居室等」の前に「控訴人三名の」を、同一一行目末尾に「金松堂建物の敷地である宮城県宮城郡松島町松島字仙随二七番二の土地(以下「二七番二の土地」という。)は、松島財産区の所有であり、控訴人三名は、右土地を建物所有を目的として同財産区から賃借している。」をそれぞれ加え、同裏二行目「松島海岸公園広場の一部」を「松島海岸公園広場に属する同県同郡同町松島字仙随二四番一の土地(以下「二四番一の土地」という。)の一部(もと同県同郡同町松島字仙随二四番四の土地であったが、合筆により二四番一の土地となったもの。前者を以下「旧二四番四の土地」という。)」と、同四枚目表四行目「制定」を「施行」とそれぞれ改め、同行目「宮城県県立都市公園条例」の次に「(昭和三四年宮城県条例第二一号。以下「県立都市公園条例」という。)」を、同五行目「都市公園松島公園」の次に「(以下「本件都市公園」という。)」を、同七行目「宮城県」の次に「県立」を、同行目「自然公園条例」の次に「(昭和三四年宮城県条例第二〇号。以下「県立自然公園条例」という。)」をそれぞれ加え、同五枚目表三行目「宮城」を削除し、同八枚目表六行目「法」を「都市公園法」と、同一〇枚目裏八行目「宮城県」を「県立」とそれぞれ改め、同一三枚目表六行目「及び」の次に「県立」を加え、同一四枚目裏一〇行目から同一五枚目表四行目までを削除する。

2  控訴人らの主張

原審における控訴人らの自然的文化的環境権についての主張を次のとおり補充し、本件仮処分申請の被保全権利として人格権及び地役権を追加する。

(一)  自然的文化的環境権について

右環境権は、必ずしも成法上の根拠を要しないものと解すべきであるが、本件の場合には、本件建物の所在する地域が適用を受ける文化財保護法、都市公園法及び自然公園法にその根拠を有する強固なものである。さらに、右権利は、眺望地役権ないしは景観地役権にもその根拠を求めることができる。

すなわち、文化財保護法三条は、文化財の保存が適切に行われるよう努めるべき政府及び地方公共団体の任務を、同四条は、これに協力し、文化財の保存、活用に努めるべき国民、所有者等の心構えをそれぞれ定め、同七六条ないし七八条及び八〇条等に命令勧告等の強制手続を定めて、その実効を期している。また、自然公園法一条は、「この法律は、すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もって国民の保健、休養及び教化に資することを目的とする。」と規定し、同二条の二は、国、地方公共団体及び自然公園利用者に対してそれぞれの立場ですぐれた風景地の保護等に努めるべきことを規定し、他に各種の規制を具体的に定めている。都市公園法についても同様である。これらの規定は、これに基づく保護の対象とされている自然的文化的環境を享受する国民の利益が権利として確立されていることを示すものである。

また、本件建物の所在する本件都市公園は、国民共通の財産である特別名勝松島の中核的水辺公園となっているのであって、その景観眺望を阻害しない状態に保全するため、宮城県の所有する公有地たる本件都市公園地域の土地には、その地域内の便益施設を天井高の低い平家建、陸屋根の構造ものに抑えるべき公共信託的な制約が課されているものというべきであり、これを控訴人ら国民の側からいえば、右土地につき、右以外の便益施設によって妨げられることなく松島の景観眺望を享受する権利(眺望地役権ないしは景観地役権)を有するのである。

しかして、控訴人らの主張する以上の権利は、控訴人らが特別名勝松島の住民の一員あるいは国民の一員として有する権利ではあるが、景観破壊によって右権利が侵害される場合には、右権利に基づき、公益的な見地からその破壊行為の差止めを請求することが認められるべきである。

(二)  人格権

被控訴人らによる本件の自然的文化的環境規制の重大な逸脱による景観破壊行為は、控訴人らの人格的利益を侵害するものである。

(三)  地役権

(1) 本件都市公園の北側に、本件建物の北側道路を隔てて並ぶ、二七番二の土地を含む金松堂建物を始めとする旅館、飲食店の所在する地域の土地(以下「公園北側土地」という。)は、特別名勝松島を観賞するための場所であり、右土地を要役地、二四番一の土地を含む松島海岸公園の土地を承役地として、前者の土地からの特別名勝松島の景観に対する眺望を確保するため後者の土地の環境・景観を保護し、右景観眺望を阻害する施設を設置しないことを目的とする地役権が成立している。

(2) 右地役権は、明治三五年九月九日の県公園松島公園の設置告示によって発生した。

仮に、これが認められなくても、二七番二の土地は、明治四一年には公園地への追加編入によって松島公園地内に含まれるに至ったものであり、大正一二年三月七日には史跡名勝天然記念物保存法により「名勝松島」の指定がされ、昭和二七年一一月二二日には文化財保護法による「特別名勝松島」の指定がされ、続いて昭和三四年八月一日には県立都市公園設置の告示がされたものであり、以上により本件都市公園に関する法規制が順次整備される都度前記の地役権的拘束関係が強固化され、遅くとも昭和三四年八月一日の県立都市公園指定により地役権が確立した。

(3) 仮に(2)が認められなくても、松島は、古来からの歴史的名勝地であり、江戸時代から(1)の拘束関係は存在したものであって、右地役権的拘束関係は、江戸時代以来、しからずとも明治三五年の前記告示以来、あるいは明治四一年の前記追加編入以来継続かつ表現のものとして存続している。

控訴人らは、本訴において右取得時効を援用する。

(4) 控訴人三名は、要役地である二七番二の土地の賃借人として、右地役権を有する。

仮に、これが認められなくても、控訴人三名は、二七番二の土地の所有者である松島財産区に対する右土地の賃借権を保全するため、同財産区に代位して同財産区の有する右地役権を行使する。

3  控訴人らの主張に対する被控訴人らの反論

(一)  控訴人らの環境権の主張について

右主張は、いずれも争う。環境権は、その概念や法的根拠自体定まっておらず、その範囲についても、権利の存否の判断につき利益衡量的観点を持ち込むか否かについても見解の対立があって、未だ確立した権利というには至らないものであるのみならず、万人の共通財産である自然環境、文化的環境がそもそも私権の目的となりうるか、また万人に共有されるべき権利を一私人が単独で権利行使できるものかを考えると、控訴人ら主張のように環境権自体から当然に私法上の権利である妨害排除や差止の請求権が発生することはありえないものというべきである。

ところで、これまで環境権の内容、効力が争われた事案は、いずれも大企業や国により大規模な環境の変化がもたらされ、それにより多数の住民に環境変化の影響が及ぶようなものであったところ、本件は、一個の私人対私人の問題にすぎないのであって、これとは状況が異なる。すなわち、控訴人らも被控訴人後藤も名勝松島に集まる観光客を相手に商売をしており、双方とも松島の景勝の恩恵を受けて生計を維持しているのであって、控訴人らのみが環境権に藉口して松島の景勝を独占すべき理由はない。したがって、本件の場合には、控訴人らと被控訴人後藤との間の利益衡量により、はたして、控訴人らにとって、本件建物の建築による眺望の阻害が、その建築続行の差止、二階部分の収去を必要とするほどの不利益をもたらすものかどうかを判断すべきところ、到底そのような不利益をもたらす状況にはなく、他方において、控訴人後藤は右差止により回復しがたい損害を被っているのであって、控訴人らの本件仮処分申請は許されるべきものではない。

(二)  控訴人らの人格権の主張について

右主張は、争う。控訴人らの本件仮処分申請は、要するに被控訴人後藤の本件建物建築により、金松堂建物からの松島湾への眺望が阻害され、控訴会社金松堂の営業に損害を及ぼすことを理由とするものであり、結局は、同控訴会社の経済的利益を確保するためのものであって、このような請求は人格権に基づく請求とはいえない。

(三)  控訴人らの地役権の主張について

右主張事実は、いずれも否認する。そもそも、当事者間の設定契約でも時効取得でもなく地役権が発生することはありうることではないし、本件公園地域は、松島海岸道路に並ぶ旅館や飲食店のために景観と眺望をはかるためのものでもない。本件都市公園は、一般市民の憩いの場として設けられたものであって、右の旅館や飲食店は、たまたまこれらと海岸との間に介在する土地が公園であるため、他に妨げられずに松島湾の景観を享受しているにすぎない。

また、被控訴人後藤は本件都市公園の便益施設としての許可を受けて本件建物を建築しているものであり、仮に、本件公園敷地が控訴人ら主張のとおり承役地となっているのであれば、地役権の負担を受けるのはその所有者の宮城県であって、控訴人らの地役権に基づく主張は、宮城県に対してすべきものである。さらに、二七番二の土地は、松島財産区の所有であるから、地役権を有するのは同財産区であって、控訴人らがこれを主張することはできないものである。

三  疎明関係は、原判決事実摘示第三のほか、当審記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

一  控訴会社金松堂が特別名勝松島で料理及び土産物販売店を営んでいる会社、控訴人三名が同控訴会社の取締役であって、金松堂建物を共有し(持分は、控訴人伊勢久治が一〇分の五、同伊勢龍夫が一〇分の三、同伊勢しづ子が一〇分の二)、これを同控訴会社に賃貸している者で、同控訴会社がその一階を土産物店舗、二、三階を料理飲食店、四階を従業員室、控訴人三名の居室等に使用していること、金松堂建物の敷地である二七番二の土地が松島財産区の所有であり、控訴人三名が右土地を建物所有を目的として同財産区から賃借していること、被控訴人後藤が、金松堂建物の南側に所在し、宮城県が所有し、同県公園管理事務所が管理する松島海岸公園広場に属する二四番一の土地の一部(合筆前の旧二四番四の土地)を賃借し、同地上に旧建物を所有して「サントリ茶屋」の名称で飲食店を経営していた者であるが、昭和五九年四月から旧建物を取り壊して、その跡地に本件建物の建築を開始したこと、被控訴会社遠藤組が、被控訴人後藤から本件建物の建築工事を請負い、これを着工し、棟上げを終え、屋根葺工事に入る段階にあったことは、当事者間に争いがない。

二  控訴人らは、本件建物の建築が関係環境法規に違反する違法なもので、これによって控訴人らの権利を侵害されるとして、本件建物の二階部分の建築工事の差止を求めて本件仮処分申請に及んだものであるところ、その被保全権利として、自然的文化的環境権、人格権、地役権及び眺望権を主張するので、以下この点につき判断する。

三  自然的文化的環境権について

1  本件建物及び金松堂建物の所在する地域が、古来日本三景の一つとしてうたわれ、松島湾とこれに浮かぶ無数の島々という多島海の美しい景観で名高い松島にあることは、当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない疎甲第四ないし第六、第八、第一六ないし第一八、第二一、第二八、第二九、第三二号証、疎乙第八ないし第一七、第一九、第二一ないし第二八、第三三号証、控訴人ら主張のとおりの写真であることにつき争いのない疎甲第二五号証の一ないし九に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が一応認められる。

(一)  明治三五年九月九日、宮城県告示第二七六号により、景勝地松島の中心部である御鳩(現在の雄島)の一部、屏風島、五大堂島の一部、海岸の寄州を公園区域、その周辺を経営区域として県公園松島公園が設置され、旧二四番四の土地は、大正二年五月一六日、同告示第二七六号により、周辺土地とともに右公園区域に編入された。昭和二〇年五月五日内務省告示第一八二号により、宮城県宮城郡松島町の区域は都市計画区域となり、これにより旧二四番四の土地は合筆後の二四番一の土地の他の土地とともに同区域に含まれた。そして、同区域内の松島公園区域は、昭和三一年一〇月一五日施行の都市公園法附則二条により既設公園として同法二条の都市公園となり、昭和三四年八月一日施行の県立都市公園条例に基づき、改めて県立都市公園として告示された。その後、昭和五二年七月二九日宮城県告示により、右公園の名称は「松島公園」と定められた(なお、旧二四番四の土地は、昭和四六年一一月一七日合筆により二四番一の土地となった。)。現在、右県立都市公園の総面積は、379.03ヘクタールに及び(内宮城県の県有地が30.65ヘクタールであり、その余は国有地であるが、宮城県が管理している。)、景勝地松島の中核的な地域となっている(以上の事実に関し、松島が明治三五年九月九日宮城県告示により県公園とされたが、その後も周辺地域が徐々に松島公園に編入され、昭和三一年一〇月に都市公園法が施行され、同法附則二条により、同法二条に定める県立都市公園となったことは、当事者間に争いがない。)。

(二)  また、大正一二年三月七日、史跡名勝天然記念物保存法に基づき「名勝松島」が指定され(大正一二年内務省告示第五七号)、その後文化財保護法が施行されたことにより、昭和二七年一一月二二日、同法六五条に基づき改めて「特別名勝松島」が指定されて(昭和二八年文化財保護委員会告示第四四号)、今日に至っている。現在、その区域は、松島湾内の島々及び同湾を取り巻く宮城県塩釜市、同県宮城郡七ケ浜町、同利府町、同松島町及び同県桃生郡鳴瀬町の海岸地帯から同湾を望む周囲の丘陵地帯に及んでいる。

(三)  さらに、昭和三四年七月一六日、自然公園法四一条の規定を受けて制定された県立自然公園条例(同年八月一日施行)附則三条に基づき、(一)県公園松島公園が県立自然公園松島とみなされて今日に至っており、その区域は、概ね(二)の地域と重なり合っている。ただし、同条によれば、都市公園法二条の都市公園は、右条例による自然公園から除外されるので、右地域のうち、(一)の県立都市公園内の地域は同県立自然公園から除かれている。

(四)  二四番一の土地の属する県立都市公園区域は、松島海岸公園と呼ばれ、東は福浦橋付近から西は波打浜公園付近に至る、松島湾の中心部に臨む海岸沿いの地域で、観瀾亭や五大堂等の史跡が所在し、中央部に公園広場が設置され、様々な景観美を呈する湾内の大小の島々の景観を一望できる場所となっている(この都市公園区域を以下「松島海岸公園区域」という。)。本件建物の敷地である二四番一の土地は、松島海岸公園区域の東端近くに位置し、金松堂建物のある二七番二の土地とともに、(二)の地域にも含まれているが、右のとおり(一)の県立都市公園内の地域にあることから、(三)の地域に含まれず、自然公園法及び県立自然公園条例の適用を受けない(以上の事実中、金松堂建物のある二七番二の土地及び本件建物の敷地である二四番一の土地が(二)の地域に含まれていることは、当事者間に争いがない。)。

(五)  松島海岸公園区域内には、公園施設として設置許可を受けた建物が屋台を含めて一二棟ある。そのうち、本件建物を除けば、松島水族館が鉄筋コンクリート造二階建であるほかは、木造平家建が八棟、屋台が二台となっている。しかしながら、同公園区域には、松や楓等の樹木が散在しており、その中には本件建物のような木造二階建の建物の屋根よりも高く生育している樹木もあり、公園区域内の建物を一律に平家建に制限しなければ自然の景観が損なわれるという状況にはない。そして、公園管理事務所における公園施設設置許可の運用にあたっては、設置許可をする施設の高さ、構造につき、平家建あるいは陸屋根に限るなど一定の基準を設けているわけではなく、施設の性質、配置等を勘案しながら、環境・景観を損なわないよう留意して個別的に許否を決めている。

3 控訴人らは、本件建物及び金松堂建物の所在する地域については、文化財保護法、自然公園法、都市公園法及び県立都市公園条例に基づき、社会法的、環境法的視点から、個人がその自然的、文化的な環境を享受することが保護の対象とされ、権利として確立されており、景観眺望の破壊によって右権利が侵害される場合には、右権利に基づき、公益的な見地からその破壊行為の差止を請求することが認められるべきである旨主張する。

たしかに、景勝地としての松島が自然景観的、文化財的に保護に値し、現に都市公園法・県立都市公園条例、自然公園法・県立自然公園条例、文化財保護法等による保護ないし環境規制の対象とされてきたこと、本件建物の敷地とされる二四番一の土地も、右各法規(ただし、自然公園法及び県立自然公園条例を除く。)による保護ないし環境規制の適用を受けていることは前記認定したとおりである。そして、国民のこのような自然的文化的環境を享受する利益、これに加えて松島の地域住民のこのような地域的環境の中で生活を営む利益ができるかぎり尊重されなければならないことはいうまでもない(もっとも、法人である控訴会社金松堂にこのような利益が認められるかは問題であるが、この点はさて措く。)。

しかしながら、このような自然的文化的環境を享受する利益は、一般的にその内容が明確なものとして確立されているものとはいえない。例えば、景観破壊による右利益の侵害を考えても、特定の地域のどのような景観を保護すべきか、その景観をどのように保護すべきか、その景観の保護をこれと対立する地域内土地の個々人による自由な使用収益、地域開発等の利益とどのように調和させていくかなどの点について、様々な見解があり得るのであり、右利益は、立法又は行政の過程を通じて、具体化され、これらの点が調整されて、実現されるべきものであって、それなくしては、未だ司法的な判断に適した具体的な権利ないし利益とはいえない(もっとも、このような利益であっても、その内容の具体化、実現を裁判所の判断に委ね、出訴の要件、手続及び効果を明らかにして、個人が裁判上その保護を求めることを認めることは、立法政策としては考えられないではないが、現行法上これらを定めた法規は存在しない。控訴人らの主張する文化財保護法及び都市公園法の規定は、右の点に関する規定とはいえないから、これをもって実定法上の根拠とすることはできない。)。そして、松島海岸公園区域が、文化財保護法、都市公園法・県立都市公園条例の適用を受け、これらによって保護される地域であるからといって、そのことから直ちに右の過程を経ずに保護されるべき自然的文化的環境の内容が右の意味で明確化しているとはいえないのみならず、これらの法律条例の各規定によっても、松島の自然的文化的環境に関し、右の利益の内容が具体的に明確化されているとは解し難い(右区域には自然公園法の適用がないことは、前記判示したとおりであるが、なお同法によっても以上の点は同様に解される。)。

控訴人らは、松島海岸公園区域内の施設は平家建あるいは陸屋根に限るとの慣行ないし法慣習が確立している旨主張する。そして、(1)本件建物以前には右公園区域内の施設は松島水族館を除きいずれも平家建又は屋台であったことは前記認定したとおりであり、(2)原審及び当審における控訴人伊勢龍夫の供述中には、松島町では同公園区域内では二階建の建物の建築は許可にならないと言われてきた旨の部分があり、また、(3)原審における被控訴人後藤の供述中には、かつて本件建物のすぐ南側(松島湾側)にある海産物土産品直売所の平家建の建物を二階建に改築する企画が許可を得る見込みが立たずに実現しなかった旨の部分がある。しかしながら、(3)の供述によっても海産物土産品直売所の建物を二階建にするにつき許可を得る見込みが立たなかった事情は詳らかでなく、(2)の供述によっても公園区域内の建物を二階建にする許可申請が不許可になった実例を認めることはできず、これらの点に、2(五)で認定した松島海岸公園区域内の自然環境、公園施設の許可の実情等を合わせ対照すれば、(1)ないし(3)から前記の慣行ないし法慣習が確立していると認めることはできず、他にこれを認めることのできる疎明はない。したがって、右の慣行ないし法慣習を前記利益が具体的に明確化している根拠とすることはできない。

以上のもとでは、控訴人らの主張するような自然的文化的環境を享受する権利の侵害を理由として裁判上その侵害行為の差止めを求めることはできないものというべきである。

4  控訴人らは、さらに、国民の一員として、二四番一の土地につき、便益施設によって妨げられることなく松島の景観眺望を享受する権利(眺望地役権ないし景観地役権)を有する旨主張する。たしかに、同土地が、その所在する地理的位置関係からみて、利用の仕方によっては松島の景観眺望を阻害する結果を生ずるおそれがあり、その所有者たる宮城県は、文化財の保存が適切に行われるべき任務を有する地方公共団体として文化財保護法上、また、本件都市公園の設置管理者としてこれをその目的にそって運用すべき責務を有する者として都市公園法ないし県立都市公園条例上、その利用には一定の制約が課されているものというべきである。しかしながら、このような制約をその土地に対する法的な負担とし、その反面として公園利用者としての国民が享受する利益をその侵害に対して国民が個人として司法的救済を求めることができるような、右土地に対する権利として扱うべき法理上の必然性はなく、このような権利を認めるかどうかは立法政策の問題というべきところ、右のような権利を根拠づける規定は実定法上存しない。

5  してみれば、控訴人らの主張する自然的文化的環境権は、法的根拠を欠くものといわざるを得ないから、これを被保全権利とする本件仮処分申請は、その余の点につき判断するまでもなく失当というべきである。

四  人格権の主張について

控訴人らは、本件差止請求の根拠として、人格権の侵害を主張する。しかしながら、本件で控訴人らの主張する被控訴人らの侵害行為は、要するに本件建物の建築によって松島の景観眺望が阻害されるというものであって、これによって侵害されうる人格的利益は、国民の一員として松島の景観眺望を享受する利益か、それとも金松堂建物の共有者ないし賃借人として有する個別的な眺望の利益かのいずれかに収約されるものというべきところ、前者については、その主張が失当であることは前項で判示したとおりであり、後者については、後記判示するとおりである。そして、右人格的利益は、これらを離れて存在することは認められないから、控訴人らが右両者から独立した権利侵害としてこれを主張するのであれば、主張自体失当というべきである。

五  地役権の主張について

二四番一の土地を含む松島海岸公園区域が、公園北側土地と松島湾との間に介在し、同公園が高度利用されないで保存されることが右土地から松島湾の景観を眺望するうえで望ましい位置関係にあることは、すでに判示したことから明らかである。しかしながら、この関係から当然に公園北側土地からの眺望の確保という便益のために松島海岸公園区域の土地に眺望阻害施設を設置させないという内容で同土地を利用する権利(地役権)が成立するものでないことはいうまでもない。

控訴人らは、右地役権発生の根拠として、県公園松島の設置告示ないしこれ以降の景勝地松島に関する文化財保護あるいは都市公園に関する法規制の整備を主張するけれども、これらの法規制による公園の土地利用の制約は、もっぱら文化財としての松島の保護ないし都市公園の利用という公益の実現を目的とするものであって、私的利益の実現のために特定の個人に対して右規制を内容として規制対象土地を利用する権利を設定したものと解することは困難であるから、これをもって控訴人らの地役権発生の根拠とすることはできない。

さらに、古来から松島海岸公園区域の土地と公園北側土地とが前記のような関係に立ち、前者が高度利用されないまま保全されてきたことが後者からの景観の眺望の確保に役立ってきたとしても、これの事実から直ちに後者の土地の所有者、賃借人等その使用収益権者が前者の土地のうえに何らかの権利を行使してきたものと評価することはできず、他に右権利の行使を認めることのできる事実の主張も疎明もないから、右権利行使の継続を前提とする地役権の時効取得の主張も、失当というほかはない。

してみれば、地役権を被保全権利とする本件仮処分申請は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないものというべきである。

六  眺望権の主張について

1  第一項の争いのない事実及び第三項で認定した事実に、前掲疎甲第二五号証の一ないし九、疎乙第一七、第二三、第二四、第二六、第二七、第三三号証、成立に争いのない疎甲第一ないし第三、第七、第九、第一〇号証、第一一、第一二号証の各一ないし四、疎乙第五号証、第六号証の一ないし四、第一八、第二〇、第二九ないし第三二、第三四、第三八号証、控訴人ら主張のとおりの写真であることにつき争いのない疎甲第一三号証の一ないし一九、第一四号証の一ないし一〇(撮影時期は弁論の全趣旨により控訴人ら主張のとおりと認められる。)、第二二号証、被控訴人ら主張のとおりの写真であることにつき争いのない疎乙第三五号証の一、二、疎乙第三一号証に弁論の全趣旨を合わせて成立の認められる疎乙第一号証、弁論の全趣旨により成立の認められる疎乙第四号証、第七号証の一ないし五に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を一応認めることができる。

(一)  控訴人伊勢久治の父金松は、昭和の初めころ、松島財産区から二七番二の土地を賃借して、その上に木造瓦葺二階建の店舗を建築し、同建物において金松堂の屋号で土産物店の営業を始め、昭和三七年一二月ころ、控訴会社金松堂を設立してその営業を承継したものであり、昭和四九年七月、控訴人三名は、金松から右借地権を譲り受けるとともに、右建物を取り壊し、鉄筋コンクリート造陸屋根四階建の金松堂建物を建築してこれを控訴会社金松堂に賃貸し、同控訴会社は、それ以来、同建物の一階を土産物店、二、三階を料理飲食店(二階は椅子式、三階は座敷となっている。そして、料理飲食店の営業は主に二階で行っており、三階は予約の団体客のため以外にはあまり使用していないが、これは人手及び営業設備の都合からである。)、四階を従業員室、控訴人三名の居室等として使用している。

(二)  金松堂建物は、南側で松島海岸公園区域をはさんで松島湾に面しており、同建物の各階は南面に窓を配置した構造となっており、二ないし四階の窓からは、松島湾に向って左端(東方)の福浦橋から湾内外の景観を経て右端(西方)の五大堂までの景観が概ねパノラマ状に眺望できる状態にあったが、同建物二階飲食店からは、金松堂建物の向かい側の松島海岸公園区域内に植栽された楓及び松の樹木のため、右パノラマ状の景観が窓面の中央部分で約五分の一遮断されており、また、同三階飲食店からも、同じ部分が窓面の高さの概ね下半分の眺望を遮られていた。

(三)  一方、被控訴人後藤は、昭和四九年ころ、二四番一の土地上にあり、以前物産店だった旧建物を株式会社協立ブラザーズから買い受け、昭和五〇年四月ころ、本件都市公園の便益施設(観光客に対する休憩所兼食堂)として旧建物につき公園施設設置許可を得て、以後三年ごとに右許可の更新を受けながら、同建物において「サントリ茶屋」の屋号で飲食店を営んでいたが、二度高潮の被害を受けて建物が損傷するなどして建物が老朽化してきたため、同建物の改装を企図し、中小企業診断士の経営診断を受けたところ、改装の機会に経営改善のため営業面積を拡大するよう勧められたが、公園管理事務所長から建物敷地の拡大は許可できないといわれたため、旧建物を取り壊して二階建の本件建物に建て替える計画を整え、昭和五九年一月、宮城県事務委任規則(昭和三五年宮城県規則第七七号。昭和五八年同規則第一五号による改正後のもの。)により権限の委任を受けた松島公園管理事務所長から都市公園法五条二項に基づく前記許可事項の変更許可を得、同年二月建築確認を受け、さらに同年三月、昭和五五年文化庁告示第四号により権限の委任を受けた宮城県教育委員会から文化財保護法八〇条一項に基づく現状変更許可を得たうえで(被控訴人後藤は、それぞれの行政庁所定の申請手続に従って右各許可を得たものである。)、被控訴会社に請け負わせて、旧建物を取り壊し、その跡地に本件建物を建築し始め(なお、被控訴人後藤は、工事着手に先立って近隣に建築の挨拶回りをしたが、控訴人ら以外からは格別異議を述べられなかった。)、棟上げを終え、屋根葺工事に入ろうとした段階で本件仮処分決定により工事が中止された。

(四)  本件建物の構造は、前記のとおりであって、これが完成した場合の金松堂建物の眺望に対する影響は、同建物二階飲食店で窓際の食卓の椅子に座った場合の目線を基準にした場合で、前記楓及び松の樹木による景観遮断部分の右側に接してほぼ同じ幅で松島湾の景観の眺望が阻まれるが、同三階飲食店で窓際の座敷に座った場合の目線を基準にすると、右樹木による前記眺望遮断部分の右側で松島湾の水面の眺望が若干遮られるにすぎず、同四階からの眺望はほとんど影響を受けない。

2  1で認定した事実に徴すれば、金松堂建物の二、三階の料理飲食店営業において、窓外に広がる松島の景観が眺望できることが立地上の一利点を形成していることは否めず、控訴会社金松堂は、その右営業にもたらす利益を享受していたことが推認できなくはない(なお、控訴会社金松堂の営業を離れて控訴人三名の眺望の利益の侵害が問題となる状況は認められない。)。

ところで、眺望の利益は、観望地点と対象となる景観地点との間に眺望を妨げる障害物がないという空間的状態から生ずるにすぎないものである。そしてこのような利益を享受しているからといって、そのことから当然に観望地点の権利者に右両地点の間に存する土地を支配する権利が認められているものではない。右土地につき権限を有する者との間でその利用を制約することのできる契約関係があればともかく、これなくして当然に右空間的状態を変更するような利用を妨げる権利があるわけではなく、右土地の所有者、賃借人等その使用収益権者は、その所有権、賃借権等の権原に基づき自由に右土地を使用収益ができるものというべきであって、これによって他人の土地の眺望を阻害したとしても、それが全面的な阻害に及ぶような極端な場合を除き、右使用収益権者の有する権利の行使の結果にすぎないものというべきである。

しかしながら、他方において、前記の眺望がもたらす利益も、それが適法に享受されているものである限り不当に侵害されるべきでないという意味では、法的に保護されるべき利益であることに変わりはない。したがって、右土地の利用が右眺望の利益を不当に侵害するものである場合には、損害賠償さらには侵害行為の差止めによる法的な保護を求めることができるものといわなければならない。そして、右土地の利用がこれによって阻害される眺望の利益との関係で権利濫用に当たり、権利の行使として法的に是認しえない場合には、その土地利用は、眺望の利益を不当に侵害するものというべきであり、その判断は、土地利用による眺望阻害行為の態様と阻害される眺望利益の内容、程度とを相関的に衡量してすべきものと解すべきである。

3 これを本件について見るに、(1)被控訴人後藤の本件建物建築は、専ら営業施設の更新を図るためで、従前平家建の旧建物があった場所に二階建の建物を建築するというものであり、右建築については行政上の規制たる文化財保護法及び都市公園法所定の許可をいずれも関係法規に基づく当該行政庁所定の申請手続に従って取得しており、都市公園の便益施設としての使用許可に基づくものであって、被控訴人後藤が随意にその場所を変更できる関係にはなく、場所的環境も、本件建物の建築が明らかに相応しくない状況にあるとまでは認め難い。(2)本件建物の建築によって金松堂建物で眺望阻害を受ける部分は、二階の一部と三階のごくわずかに止まり、かつ従来存した樹木による眺望阻害が若干拡張されたというに過ぎず、これによる眺望の変化自体は、果たして控訴会社金松堂の営業に顕著な影響を与えるものかどうか疑問であり(本件建物の建築によって同控訴会社の営業が影響を受けるとすれば、その主たる原因はむしろ被控訴人後藤の飲食店が設備を一新した競争相手として出現することによるものであろう。)、しかも、飲食店営業の主たる階を三階に移すような営業施設等の改善によって右眺望変化による影響を概ね回避することも十分可能であると認められる(控訴会社金松堂のような業種においては、右改善に伴う経費は、自由競争のもとでの営業環境の変化によるものとして、その負担を余儀なくされても不当とはいえないものとみるべきである。)。

以上の点を比較衡量すれば、被控訴人後藤の本件建物建築が、二四番一の土地の利用上、控訴会社金松堂の眺望の利益との関係において、権利濫用として不当性を帯びるものということはできない(控訴人らは、右(1)の各許可は、いずれも行政法規に違反してされたもので、違法なものである旨主張するけれども、被控訴人後藤自身は関係法規に基づく当該行政庁所定の申請手続に従って右各許可を取得しているものであって、右主張の内容に徴すれば、その当否は、右各許可の効力についての判断であればともかく、本件建物の建築行為が権利濫用に当たるか否かについての上記判断においては、未だこれを左右するに至らないものというべきである。)。

4  してみれば、控訴人らの眺望権を被保全権利とする本件仮処分申請は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないものというべきである。

七  よって、本件仮処分決定を取り消し、控訴人らの本件仮処分申請を却下した原判決は、相当であり、本件控訴は、理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 信濃孝一 裁判官 小島浩 裁判長裁判官 佐藤邦夫は、転補のため署名押印ができない。裁判官 信濃孝一)

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